プレスリリース
 

平成21年 9月 9日

独立行政法人 森林総合研究所
 
落葉が土壌有機物に変化する過程を
「固体13C NMR法」により解明
 

ポイント
 ・ 落葉や土壌をそのままの状態で分析できる「固体13C核磁気共鳴法」により、世界で初めて、落葉の分解にともなう有機物の質と量の変化を同時に解明

 ・ 森林土壌への炭素供給、蓄積プロセスの包括的な理解が可能になり、地球温暖化対策研究の進展に役立つ

 
 
概要

  森林総合研究所は独立行政法人農業環境技術研究所と共同で、落ち葉や土などの有機物組成をそのままの状態で調べることができる「固体13C核磁気共鳴法(固体13C NMR法)」を用いて、世界で初めて落葉が土壌有機物へ変化していく過程を明らかにしました。
  この方法を用いて、ブナとミズナラの落葉の腐朽過程を調べた結果、両樹種の有機物の成分組成は異なっていますが、主要成分であるO-アルキルグループの有機物は両樹種とも大きく減少しました。また、分解の遅い脂肪族、芳香族、カルボニルグループの有機物が相対的に増加し、3年後には両樹種における有機物組成は等しくなるとともに、土壌中の有機物組成に近づきました。さらに、有機物組成ごとの分解速度を基にして林床の有機物集積量を推定した結果、10年間で1ヘクタールあたり総計4トンの炭素が林床に蓄積されることを明らかにしました。
  「固体13C NMR法」では、これまで対象ごとに別々の手法で測定されてきた有機物組成を、同一の非破壊的手法で同時に調べることができます。この手法によって、森林への炭素蓄積のメカニズムの包括的な理解が可能となり、地球温暖化対策研究の進展に貢献することが期待されます

  予算:科学研究費補助金No.20780122
       「難分解性有機物「リグニン」を指標とした、森林土壌における腐植生成プロセスの解析(H20-22)」、
      農林水産省委託プロジェクト
       「地球温暖化が農林水産業に及ぼす影響評価と緩和及び適応技術の開発(H18-23)」

 
 
問い合わせ先など

 独立行政法人 森林総合研究所  理事長 鈴木 和夫
 研究推進責任者: 森林総合研究所 研究コーディネータ  加藤 正樹
 研究担当者: 森林総合研究所 東北支所
  森林環境研究グループ         小野 賢二
 広報担当者  : 森林総合研究所 東北支所 連絡調整室長 佐々木 清和
  Tel:019-641-2150(代)  Fax:019-641-6747
森林総合研究所 企画部 研究情報科長 荒木 誠
 
 
研究の背景

  森林土壌は巨大な炭素貯蔵庫であり、落葉などの枯死した植物がその炭素の起源であるため、落葉がどのように分解し土壌有機物へと変化していくかに関心が持たれています。しかし、従来は化学薬品で細片化した落葉や土壌中の有機物を抽出し、有機物の組成を調べる方法が用いられていました。また、その方法は落葉や土壌では異なっていたため、落葉が土壌有機物に変化していく過程を統一的に評価することはできませんでした。それを解決するために、この研究では薬品処理で有機物を壊さずに組成を調べることができる固体13C NMR法を用いて、落葉が分解し、土壌有機物に変化していく過程を調べました。

 
研究の内容及び成果

  森林土壌への炭素供給、蓄積プロセスの実態を把握するために、北関東の天然林においてブナとミズナラの落葉が分解する過程を3年間調べました。落葉には炭素の結合の形から区分されるO-アルキル、芳香族、脂肪族、カルボニルの4グループの有機物が含まれます。ブナとミズナラの新鮮落葉はいずれもO-アルキルグループが主成分でした(図1)。O-アルキルグループはセルロースやヘミセルロースに相当するもので、分解速度が最も大きく、ついで芳香族、脂肪族、カルボニルグループの順に分解速度が小さいことが分かりました(図2)。また、ブナの新鮮落葉はミズナラに比べてO-アルキルグループを多く含んでいますが、O-アルキルグループの分解速度はブナの方がミズナラより大きいので、両樹種の有機物組成は3年後にはほぼ等しくなり、土壌有機物組成に近づくことが分かりました(図1)。さらに、有機物のタイプごとの分解速度をもとに毎年林床に貯まっていく落葉層の量を計算したところ、実際の森林の落葉層の量とほぼ一致し、この方法の信頼性が確認できました(図3)。この研究は、落葉の分解過程において有機物の組成変化と有機成分の量的な変化を同時に測定した世界で初めての成果です。

  
成果の意義と活用方法

  これまで有機物の組成分析は、落葉と土壌それぞれの対象物によって異なる方法で調べる必要がありました。いずれの方法でも酸、アルカリなどの薬品で処理し、有機物を細かく断片化して調べるため、有機物の本来の構造を正確に知ることができません。しかし、この研究で用いた固体13C NMR法は有機物を断片化することなくそのままの状態で調べるため、有機物本来の化学構造や組成の量的な変化を調べることができます。この方法は落葉や枯れ枝、土壌有機物を直接比較することができるので、実測データに基づいた森林への炭素蓄積メカニズムの包括的な理解が可能となります。従来、森林土壌における炭素動態フローは概念的な炭素動態モデルによって推測されていましたが、このように実測データから森林土壌における炭素動態の実態を明らかにすることで、地球温暖化対策研究の進展を期待できます。

 

用語解説

1)固体13C核磁気共鳴法(固体13C NMR法)
  安定同位体炭素(13C)の原子核は地球や他の惑星が自転しているように回転しています。これを「核スピン」といいます。この「核スピン」によって13Cはごく微弱な磁石のような性質を示します。これらに外側から均一な磁場をかけると、多くの核スピンは磁場に沿った方向を向きますが、一部の核スピンは磁場とは逆向きの方向を向きます。この状態で電磁波を照射すると核スピンは反転したり元に戻ったりする共鳴現象を起こします。この共鳴現象にともなう電磁波(エネルギー)の吸収・放出過程は、原子の種類や結合状態で変化することから、分子の構造を推測することができます。

2)落葉を構成する有機物
 
O-アルキル態炭素: 主に植物体内のセルロースやヘミセルロースなどの多糖類を構成する有機炭素。
芳香族態炭素: リグニンやタンニン中に存在するベンゼン環を構成する炭素。
脂肪族態炭素: 細胞膜内に存在する脂質や植物色素、樹脂を構成する直鎖状炭素。
カルボニル態炭素: カルボニル基(>C=O)に由来する炭素。有機物の分解に伴う酸化反応によって生成する。
3)土壌層位
  土を掘り、垂直な土壌の断面を作ったときに観察される、地表面に対してほぼ平行ないくつかの層。これらの層は地上からの物質の添加や土壌中での物質の移動、蓄積などによって生じる。
    L層:新鮮な落葉層。F層:腐朽の進んだ落葉の層。A層:土壌の最表層。

 

 
本成果の発表論文

タイトル:

Organic carbon accumulation processes on a forest floor during an early humification stage in a temperate deciduous forest in Japan: Evaluations of chemical compositional changes by 13C NMR and their decomposition rates from litterbag experiment.(落葉広葉樹温帯林林床の腐植化初期段階における有機炭素蓄積プロセス:固体13C核磁気共鳴法およびリターバック試験による有機炭素の組成変化と分解速度の評価)

掲 載 誌: ジオデルマ(Geoderma)
巻号(年): 2009年5月27日(電子版)
著  者:

小野賢二、平井敬三、森田沙綾香(独立行政法人農業環境技術研究所)、大瀬健嗣(独立行政法人農業環境技術研究所)、平舘俊太郎(独立行政法人農業環境技術研究所)

 


図1 試験開始時(0年)、試験終了時(3年)および森林土壌の有機物組成
図1 試験開始時(0年)、試験終了時(3年)および森林土壌の有機物組成
試験開始時の新鮮落葉はブナとミズナラで有機物組成が異なりましたが、
3年後には両樹種の組成は等しくなり、土壌の有機物組成に近づきました。

図2 ブナとミズナラの落葉中の有機物のタイプ別分解速度
図2 ブナとミズナラの落葉中の有機物のタイプ別分解速度
分解速度は、有機物のタイプや樹種間で異なります。

図3 ブナ・ミズナラ林林床における有機物タイプごとの集積量の予測
図3 ブナ・ミズナラ林林床における有機物タイプごとの集積量の予測
10年で林床に1ヘクタールあたり4トンの有機炭素が蓄積することを明らかにしました。
これは実際の森林において調査した林床の有機炭素量と同じでした。
 

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